2010個展 – Fragile2 – neutron-tokyo 1F main gallery + 2F salon / 9.15〜10.3
谷口 和正 展 「Fragile2」
neutron tokyo 1F main gallery + 2F salon Exhibition
2010年9月15日(水)~10月3日(日)
ギャラリーニュートロン代表 石橋 圭吾 /Comment, gallery neutron ISHIBASHI Keigo
かつてイギリスのプログレッシブ・ロックバンド「YES」の名アルバムのタイトルにも使われた「Fragile」というワードは、その当時の邦訳では「こわれもの」とされた。事実、海外へ荷物を送る際などにワレモノなどの表示に「FRAGILE」とシールが貼られるので間違い無く「こわれもの」だが、正確には形容動詞なので壊れやすいさま、もろいさまを表すというのが正しいだろう。谷口和正は国内外問わずロック音楽好きで、作品にも実は大きな影響を与えているため、YES のアルバムタイトルを意識していないとも限らないが、そもそも一般に「硬い」「重い」=「びくともしない」とイメージを持たれる鉄を素材とした彫刻作家が、「Fragile」という言葉を用いる事自体が何とも面白いではないか。
しかしこれこそが、谷口和正という作家の本質を表す言葉だと言っても差し支えない。確かに素材は硬くて重い鉄ではあっても、彼の表現しようとするものは物質の重量や質感を超えて、まるで宙空に浮遊するやわらかな、そして軽やかなものたちを見据え、自身の作り出す彫刻という装置によってそれらを炙り出し、視覚を通じて私達の脳裏に確かな痕跡を残そうという試みに思える。それは実に繊細な(Fragile)心を持つ人間だからこそ成し得る業であり、巨大さや重厚感で他者を圧倒せんとする旧来の彫刻作品の目的とは離れ、作品の存在によって(それを中心に輪を作る様に)人間がコミュニケーションを生み出すことを期待するものでもある。例えとして正しいかは分からないが、キャンプファイヤーの様に。彼の手による柔らかで温かみのある鉄の彫刻は屋内外を問わず私達を周囲に誘うことによって、あらゆる角度から異なる印象と瞬間の輝きを見せてはゆらゆらと、そのエネルギーを発していると感じてならない。私達が都会の喧噪を離れて水のほとりで焚き火やキャンプファイヤーをするとき、そこには音楽があり、あるいは心地よい静寂がある。そのどちらも日頃のノイズとは切り離された世界の中で澄んだ空気によって運ばれ、私達は揺れる炎を眺めながら聴覚や嗅覚、あるいは肌で感じることにより、無限のイメージを紡ぎ出すことが可能となる。
水という、鉄とは本来相性の悪いと思われるものさえ、彼は作品に近づける。昨年春にneutron kyoto で発表した「RE:BIRTH」では、まるでギャラリーの床面を稲田のように水をたたえるかのうような空間に見立て、CD-ROM を作品の土台に組み込んで、そこから光合成によってすくすくと伸びる植物のフォルムを彼特有の伸びやかなイメージと技術で生み出し、さらに大小様々なバリエーションや複合的な作品を多数設置することにより、空間は実際の水を張らずとも清冽な印象をたたえた。屋外展では実際に水に浸けて発表も行うが、彼は時間の経過や水分の付着による「錆び」でさえコントロールし、作品の一部とする。CD-ROM は近年の彼の作品に良く使われるが、単に素材としての質感だけでなく、現代の記録メディアとしての意味合いを強く引用し(そこに人間の生み出した様々な言葉や記憶、音楽が収録されていると仮定し)、表面のキラキラとした輝きは水の表面の反射光を再現しながらも、同時に現代に生きる私達の記憶(記録)から新たなイメージが立ち上がるというコンセプトも内包する。
一方、今回のテーマとなる「Fragile」はヴォリューム2と銘打たれているように、既に2006 年秋に同じくneutron kyoto で発表された作品シリーズの続編でもあり、彼の制作全般に通底する大きなメインコンセプトそのものでもあると言えよう。ここでは谷口和正の最大の特徴である、鉄を英語文字状にバーナーで焼き切ったもの(パーツであり、単独でも意味を持つ)を作品の形状に沿って溶接して組み立て、ことばの集合体として自立させつつ、さらに照明装置を組み込むなどして光と影を生じさせ、物質としての存在だけでなく周囲の壁や床にもイメージを拡散させ、鑑賞者を壮大な混沌と安息の坩堝(るつぼ)へと呑み込む。ことばとして用いられるのが英語であるのは、ある特定の言語のイメージにとらわれず、世界共通の言語として汎用性を意識した結果とも言えるし、彼の好きなロックに源泉があるためとも言える。しかし私達はきっと、その言葉の一つ一つを捉える行為よりも、人間がことばに託す気持ちや願いの大きさを知り、彼が鉄という有機物を用いて見えないはずの姿を現出させようと試みた光景により、頑なでありながら揺らぎがちな物事の有り様に思いを馳せずにはいられない。
まさに柔よく剛を制す。彼の確かな技術は日本の職人の誇りとするそれであり、その独創的なイメージは軽やかに海を越えて世界の空へと飛翔する。